設計って 枠 わくわく × 大成建設って 枠 ?

STEP02 構造設計
シニアエンジニア

安藤 広隆 HIROTAKA ANDO(2009年入社)

安藤 広隆
安藤 広隆

Q1. 学生時代から入社までの経緯を教えてください。

大成建設なら自分らしく生きていけそうだった

子どもの頃は大工さんになりたかったんです。線を引いて、自分で家を建てて、それが仕事になるっていいなあ、と思っていました。その後、部活でバスケットボールを始めたら、今度は体育館を作ってみたくなって。それなら大工さんじゃないなと考え、進路を建築にしようと思いました。

建築を学ぶなかで、意匠設計は自分の性分として違うと感じていたので、構造設計の研究室に入りました。先生がもともと構造設計をしていた方だったので、研究室のメンバーのほとんどが構造設計を目指していたという、当時では珍しい研究室でした。

大成建設に決めた理由は社風です。もともと第一志望で、同じ研究室にいた先輩が入社していたことも大きかったのですが、最終的にはリクルーティングのときの印象が決め手になりました。

就職活動のとき、私は「自分はここで生きていけるか」ということを基準にして各社を見ていました。ゼネコンも色々まわりましたが、そのなかで一番、ここなら自分らしくいられそうだ、と感じたのが大成建設でした。実際、入社してすぐに上司が「飲みに行こう」と声をかけてくれたので、この直感は間違っていなかったと安心しました(笑)

オークラ東京(オークラ ヘリテージウイング) オークラ東京(オークラ プレステージタワー) オークラ東京(オークラ ヘリテージウイング) オークラロビー

Q.2-1 思い出に残る建築作品について教えてください。

歴史的な名建築を未来に継承

入社後は、事務所や研究所等の構造設計の部署に配属され、入社6年目のときにこのプロジェクトの担当になりました。

1962年に開業したホテルオークラ東京の全面リニューアルプロジェクトで、「伝統と革新」を開発コンセプトに、地上41階建ての「オークラ プレステージタワー」と地上17階建ての「オークラ ヘリテージウイング」を新たに建設し、ホテルオークラ東京の象徴である「オークラロビー」の再現を軸として各施設を再構築しました。

都心での超大型再開発事業で世間からの注目度も高く、それまでのキャリアの中でもっとも大きな仕事でした。初めて敷地近くのプロジェクト室に常駐した仕事だったという意味でも思い出深いプロジェクトです。

構造設計が私を含めて3名と少人数で、スケジュールもタイトだったので、とにかく忙しかったです。私が担当した「オークラ ヘリテージウイング」は、「オークラ プレステージタワー」よりグレードの高いホテルが入るため、当初は免震構造で計画されていました。ですが、5階のエントランスレベルで2棟が一体となる構成により、外周の免震エキスパンションジョイントがエントランスのデザインに影響を与えてしまうため、免震構造並みの性能を制振構造で実現する計画に変更しました。また「オークラ プレステージタワー」の影響による風への対応も必要だったため、さまざまな検討を重ね、高いレベルの耐震性能を実現しました。

私の主担当部分ではありませんでしたが、それ以上に大変だったのが、「オークラロビー」の再現です。ロビーを出来る限り元の姿のまま継承するため、柱スパンも柱外形も原設計通り指定され、そのため構造柱を600mm角に納める必要がありました。一般的に、この規模の超高層建築物では1000mm角程度になるところを、構造設計としてさまざまな工夫を行うことで、要求に応えることができました。

もともとのホテルオークラ東京の雰囲気が好きだったので、解体前は疲れてくるとメンバーでロビーに集まり、椅子に座ってぼーっと眺めることでリフレッシュしていました。ミッションの重大さを感じつつも、みんなで頑張ろうと励まし合っていたのをよく覚えています。

「オークラロビー」がそのまま残されることは詳しく公表されていなかったので、設計中は「あのロビーを壊すのか」とかなりバッシングも受けました(笑)。それが、完全再現されたロビーが公開されると、今度はものすごく喜ばれて。多くの方がどれだけ完成を心待ちにしていたのかを実感し、このプロジェクトに関われて本当に良かったと思いました。

エディオンピースウイング広島 エディオンピースウイング広島 エディオンピースウイング広島 エディオンピースウイング広島

Q.2-2 思い出に残る建築作品について教えてください

広島の街に開かれ、市民に愛される新しいスタジアム

「エディオンピースウイング広島」は、広島市の中心部に誕生したサッカースタジアムです。国際試合の開催が可能なフィールドと約28,500席の観客席、回遊できるコンコース、ミュージアム、店舗で構成されており、市民が日常的に利用できる「日常と非日常の融合」を目指した公園一体型の「まちなかスタジアム」です。サンフレッチェ広島のホームスタジアムでもあります。

このプロジェクトはコンペで獲得した仕事で、入社13年目に初めて担当した大空間系のプロジェクトでした。当時の上司が「札幌ドーム」など、スタジアムをはじめとする大空間の構造設計を数多く手がけてきた方だったので、しっかり鍛えていただきました。おかげで、このプロジェクト以降は大空間系の仕事に呼ばれる機会が増えました。1年半広島に常駐したことも、思い出深い経験です。

前身である「広島広域公園陸上競技場」は市街地から離れた場所にありましたが、利便性の良い市の中心に移ったことで、まさに広島の新しい顔になりました。観戦以外にもさまざまな用途で利用され、地域の人にとってなくてはならない存在になりつつあるのが嬉しいです。

今も出張で広島に行くことがありますが、飲みに行くとお店の人が「あそこ行ったよ」「よかったよ」と言ってくれるんです。広島といえば広島東洋カープの赤色がテーマカラーですが、それと同じくらい、街がサンフレッチェ広島のテーマカラーである紫になるときがあります。そうやって地元の人に喜んでもらえるプロジェクトに携われたことに感謝しています。この建築は外部からの評価も高く、さまざまな賞もいただきました。

Q3. 働きやすさについて教えてください。

「一回なんでもやってみたら?」と言ってくれる

手を上げれば新人でもやりたい仕事をやらせてもらえます。

例えば私の場合、建築家と組む仕事がしたいと思っていたので、新人時代からあちこちでそのことを口にしていました。すると谷口吉生先生のいる「オークラ東京」の仕事に声をかけてもらえたし、「エディオンピースウイング広島」にも仙田満先生がいました。自分がやりたいことを発信していると、ちゃんと見てくれている人がいて、機会につながるのだと思います。

社内の人間関係もフランクなところがいいと思います。今の上司は入社時の部署の先輩なので、気軽に話せるもはや友達のような関係になっていますし、若い世代のなかには仕事を離れて付き合う人もいます。私自身、新人時代は仕事の場や飲み会などで先輩方と顔を合わせるなかで、おもしろいプロジェクトに声をかけてもらうことがよくありました。そうした、世代や部署を横断した出会いがあるのも大成建設の魅力です。
新人時代、上司に言われて印象に残っているのが、「一回なんでもやってみたら?」という言葉です。
失敗しても経験がプラスになる。やらずに悩むより、まずやってみろ、という意味です。その言葉に大成建設らしさがよく表れていると思います。

Q4.あなたにとって大成建設設計本部ってどんな場所ですか?

大成建設ってゆるゆる

マイペースに働けて、上司・部下の垣根もあまり感じません。もちろん仕事は真剣にやりますが、いい意味で力が入り過ぎていない、居心地のよい適度なゆるさがあります。新人でも大きなプロジェクトに参加できます。プロフェッショナルでいて優しい仲間が集まる場所だと思います。

dé TAISEI DESIGN 大成建設設計本部